新世界

宮沢賢治の作曲した「星めぐりの歌」という曲があります。素朴で牧歌的で、八分の六拍子でゆったりと揺れ動くような曲です。五音音階でできていて、日本のわらべうたのようでもあり、西洋の民謡のようでもあり、賢治の童話の世界観のような無国籍な感じがします。

個人的な話をしますと、わたしが音楽をはじめるきっかけは宮沢賢治でした。『ポラーノの広場』という童話があります。これも牧歌的な話ですが、森の中にポラーノの広場という伝説の楽しい夜の集まりがあることを聞いて、主人公のファゼーロ少年と博物館に勤めるキューストが夜の森に入ります。遠くで「トローンボーン」の音が聞こえます。

中学生の時にこの作品を読んで強烈な印象が残っています。また、当然『銀河鉄道の夜』は読みました。この作品にも音楽が登場します。少し引用すると次の箇所です。

新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧わきそのまっ黒な野原のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根を頭につけたくさんの石を腕うでと胸にかざり小さな弓に矢を番つがえて一目散いちもくさんに汽車を追って来るのでした。

「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。ごらんなさい。」

 黒服の青年も眼をさましました。ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。

「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう。」

新世界交響楽とは、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」のことです。賢治はきっとこの曲の二楽章をイメージしていたのではないかと思います。「家路」という歌で有名になっている誰もが知る曲です。『銀河鉄道の夜』の先の描写にインディアンが出てきますが、ドヴォルザークは、アメリカでインディアンのオペラを書こうとしていたのです。『ハイアワサの歌』というロングフェローの叙事詩をオペラ化しようと考えました。これはインディアンの英雄の話です。(この本は最近、図書館で借りて読みました)しかし、それは実現せず、その旋律が「新世界より」に使われたのでした。賢治がインディアンの描写を新世界交響楽のイメージとして出しているのは非常に的を射たことです。ドヴォルザークはチェコの作曲家で国民楽派に入りますが、チェコの民謡の素材もたくさん使っています。それとアメリカの黒人霊歌などの音楽がどこか通じていて、人類の普遍的なもの、プリミティブなものとつながっていて、そうしたことが国や文化を超えて人の共感を呼ぶのではないでしょうか。わたしは吹奏楽部で「新世界より」の4楽章を演奏して、カラヤンのレコードも歌えるほど聴いて、この曲のとりこになり、トロンボーンで音大進学しようと思ったのでした。

その後、オーケストラで演奏できたことは感無量でした。

また「星めぐりの歌」を合奏用に編曲したりもしました。また、これは編曲し直そうと思っています。子どもたちで合奏できたら最高です。

わたしはデザイナーとしての活動もしていますが、「新世界珈琲」というドリップバッグを製作もしています。ぜひ、この珈琲もお飲みいただければと思います。

とにかく「新世界」はイメージの宝庫で、インスピレーションの源です。かつ原点であり、人類の普遍性につながる「場」なのです。音楽はただの指の訓練であったり、ただの音の羅列ではありません。豊かな世界そのものです。